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ナスマ、この世を去る

タンザニアのタアラブ音楽のスター歌手、ナスマ・ハミス・キドゴ(Nasma Khamis Kidogo)がこの世を去った。

ムワナニャマラにあるキディレモスクの朝の礼拝で今日発表された知らせによると、ミパショというジャンルの音楽チャートではハディジャ・コパ(Khadija Kopa)に並び上位に入るアーティストであるナスマは、今日未明テメケ病院で亡くなったということだ。

故人のいとこであるハッサン・アムリ氏が記者らに報告したところによると、以前からナスマは元気な姿を見ることがなく、命を奪いかねない病気を患っていたとのことだ。

ナスマはおとといマラリアの症状を訴え、検査と治療のために自らテメケ病院へ行ったという。

「検査の結果、心臓に大きな問題があると分かりました」と彼は加えた。

「そのあと彼女は呼吸補助装置をつけて寝かせられ…けれども神は彼女をさらに愛され今日未明、彼女はこの世を去りました」

これから親族での集まりを開き、葬儀をダルエスサラームで行うか、故郷であるキルワで行うかを検討するとの事だ。

彼は、故ナスマは明日ダルエスサラーム市内で埋葬される可能性が高いと語った。

故ナスマはとりわけハディジャ・コパの在籍するグループ、TOT(Tanzania One Theatre)と激しく争った、ムウンガノ(Muungano Cultural Troupe)に在籍してからのすばらしい歌の数々によって、これからも思い出されることだろう。

ナスマはムウンガノで歌うなかでも、同じムウンガノのアーティストであるムスタファ・ラマザニと対決しており、ハディジャ・コパが同じTOTのオスマン・スウドとやりあったように争っていた。

ナスマによって歌われた大ヒット曲の中で最も彼女を有名にしたのは、歌の中で「Sanamu la Michelin(ミシュランのマーク)」という歌の人気に応えた「Mambo Iko Huku(問題はここにある)」だ。

その後、この歌で歌われていた言葉から、街では人々が冗談を言い合うときの俗語「Taarab imo humo?(タアラブはその中にあるのか?)」など多くの有名な流行語が発生した。

ナスマはコパと同じ船に乗せられ、しばしばムウンガノとTOTというライバル同士のグループで対決することで取り上げられた人で、バブルーム(Babloom Modern Taarab)やベンベア・ミュージカル・タアラブでも歌ったことがあった。

最近ではナスマはもっぱら裁縫、農業、牧畜の個人事業に従事していたと報告されている。

出典:ALASIRI (2009年6月22日付)

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