牛のいる風景



タンザニアの多くの地域と同じように、ドドマ地方の村では農牧複合型の生活をしている。牛をたくさん持っている人は「お金持ち」と言われる。繁殖の環境を考えると、たくさん牛を持っている人はさらに数が増えるし、逆に少数しか持っていない場合は放牧の人員確保など、維持が難しいとも言える。牛は現金収入の手段、畑を耕す時の労働力、または婚資として重要な役割をはたしている。

私たちが滞在した家では、約80頭の牛を所有し、毎日「放牧当番」が牛をつれて放牧していた。ちょうど大雨季と小雨期の間の期間で、3日に一度くらいの割合で牛たちが出産し、無防備でやんちゃな子牛が敷地内を走り回っていた。子供たちは、子牛にちょっかいを出して、嫌がられながらも自分たちの方が強いのだという態度を示している。30cmにも満たない棒きれを持って一人前の気分だ。

毎朝家を出発した牛たちは、河原までの道を抜け、大きな段差を越えつつ集団で放牧場に向かう。その場所は季節やその年の雨の量によっても変わる。2009年は大雨季(前年の12月~1月くらい)に十分な雨が降らなかったので、遠くまで行く強い牛のグループと、近場へ行く母牛や若い牛などの体力のない牛のグループに分かれることも多かった。

牛の集団が道の向こうから歩いてくる風景はかなり迫力がある。道を埋め尽くして、のしのしと歩いてくるのだ。羊やヤギ、ロバなどが一緒に歩いていることもある。日本の感覚で言うと、道ですれ違う相手としてはかなり違和感がある。慣れるまでは早々に道をよけて牛たちが通りすぎるのを待っていた。

大きくて穏やかな牛の姿に魅せられ、何度か放牧の見送りと称して途中まで連れて行ってもらった。列からはみ出して草を食べている牛を追い、立ち止まっている子牛を追い、大きな牛にしっぽでひっぱたかれながら歩く。牛たちの立派な背中をさわると、牛の体温が伝わってくる。ペットではないので、犬のようになつくわけではないが、「近くにいても気にならない」程度に牛が慣れてくると、周りをぐるりと牛に囲まれていても怖さはない。ただ同じ生き物どうし、同じ方向に向かって歩いているという感じだ。自分より大きな生き物に囲まれて安心感さえ生まれてくる。

一日中集落から離れて歩く放牧当番の男の子たちは、あまり水を飲まなくても過ごせるように訓練されている。途中の知り合いの家で水をもらうことも、水場で分けてもらうこともあるが、飲めない状況もあるからだ。また、途中で雨が降ろうと、嵐がおころうと、家まですべての牛をつれて帰らなければならない。なかなかきつい仕事だ。

夕方親牛たちが帰ってくると、乳を飲む子牛に交じって、人間のための乳しぼりがはじまる。しぼりたての乳はほのかに甘くぬるい。子牛たちはなんておいしい食事をしているのだろう!!人間用にとったものはヒョウタンの中に保存してヨーグルトを作っていた。濃厚ですっぱいヨーグルトは「ウガリ」の付け合わせになるのだ。
夜になると、ときおり外から聞こえる牛の息や鈴の音、鳴き声などを子守唄に眠る。牛が家族の一部として存在する生活はとても豊かだと思った。(Y)

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