タンザニアでエチオピア料理!

ダルエスサラーム滞在中はタンザニア人でごったがえす食堂や、ママたちの露天食堂などで、いわゆるローカルフードを食べることが多いですが、ダルエスサラームには中華料理、インド料理、タイ料理などなど各国料理のレストランもたくさんあります。

今回、エチオピア料理のレストランに行く機会があったので、ちょっとご紹介したいと思います!

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『Addis in Dar』というレストラン、まず驚くのはインテリアのおしゃれさ☆
階段をのぼってテラス席へ案内されるのですが、ランプのアレンジがすごくキレイで、エチオピア歌謡がかかり、スタッフの衣装もエチオピア風で統一され、入った瞬間からここがどこなのか忘れそうになりました。

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もちろんインジェラを食べるのですが、メニューには選びきれないくらいワット(シチュー)があります。
でも、ハーフサイズを頼むことができるので、少しずついろんな味を楽しむことが可能です。
料理がどどーんとでっかいトレイに乗って運ばれてくるのもインパクトあります。
パクパク食べてたら気付かないうちにお腹いっぱいになっていました。

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そして、エチオピアといえばコーヒー。
食後はせっかくなのでコーヒーセレモニーセットを注文してみました。
これも雰囲気たっぷりで、コーヒーもおいしい!おつまみにポップコーンもついてきました。

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また行きたいお店です!お店の情報は下記ホームページで確認できます。(C)
『Addis in Dar』
http://www.addisindar.com/


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ダルエスサラームは首都ではありません。

2016年7~8月のタンザニア滞在は、飛行機が到着するダルエスサラームではじまりました。
年々成長する都市、ダルエスサラームの2016年の様子を収めておきたいと思い、撮った写真をご紹介します。

今年の注目は何といっても「Mwendo Kasi (ムウェンド・カシ)」という、日本の地下鉄や市電のような存在のスピードバスが運行を始めたことですが、これはまた別の記事で。

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空港から都心部に向かう途中のタクシーで。
ぼんやり高層ビルが見えると「ああ、変わったなあ」と感じました。

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「Holiday Inn」からPosta方面を見たところ。
中国の建設会社が建設中のビルが手前に見えます。
奥にも、ビル、ビル、ビル・・・

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サモラ・アベニューも激変を遂げています。
これは電器店?携帯会社が大々的にプロモーションを行っていました。

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キガンボーニから対岸のキブコニ付近を眺めた図。
右方、頭でっかちな灯台ができたころは違和感を感じていたけど、なじんできたなと思う景色に周りが変わってきました。

どんどん変わっていくダルエスサラーム、それでも首都ではありません。
首都ドドマの首都としての開発はずっと遅れたままできています。
今年はマグフリ大統領が首都機能の移転を宣言したことで、ドドマ空港の整備なども進んでいるようです。
ダルエスサラームの進化は今後どうなるのか、まだまだ目が離せません。(C)


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タンザニアのネイルポリッシュブランド紹介

世界で活躍するタンザニア人モデル、Flaviana Matataがプロデュースしたネイルポリッシュライン『LAVY』が今年からタンザニア国内で販売開始している情報を得て、実際にカリアコーの取扱店に買いに行ってきました。

カラーは8種類、近々それぞれのカラーの名前が決まるようですが、鮮やかなグリーンやブラックなど、タンザニア人の肌に合うラインナップなので、現地のお土産やプレゼントに最適です。

値段はひとつ5000シリング、今年のサバサバ(毎年7月7日に開催される国際商業見本市)にも出展し取扱店は各地で増えているようで、タンザニア初のネイルブランドとして要チェックです!!

Flaviana Matataは、シニャンガの出身で、2007年にミスユニバースタンザニア代表に選ばれました。
世界各地のランウェイや雑誌のカバーなどで活躍する一方、Flaviana Matata Foundationというタンザニア国内の教育支援基金を設立するなど国内でも積極的に事業を展開しています。

今回のネイルポリッシュラインも、地位や名声のためではなくタンザニア人女性のおしゃれを支援することを目的としているのだそうです。今後の活躍が楽しみな女性の一人です。(C)

Flaviana Matata インスタグラム
http://instagram.com/flavianamatata

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靴修理スタンド

タンザニアの人たちは靴をとても大切にする。

外出するときに履く靴やスニーカーは使う前と使った後はきれいに手入れをするし、
とっておきのものは自分の部屋に大事にしまってある。
家の中や近所では、ビーチサンダルを履くか、裸足のままだったりもする。
靴はやはり高価なものだから、普段の歩く距離の多さや、道の悪さ、雨や泥で無為に損傷させることはしない。

私はタンザニアではずっとサンダルを履いて過ごしているから、
サンダルの鼻緒の部分がちぎれたり、ソールがはがれたり磨り減ったりと、
トラブルが多い。
突然サンダルが壊れると歩き進めることが難しく、まさに途方に暮れてしまう。

そんなときに便利なのが、道のあちこちに出ている靴修理のスタンドだ。
町中なら、突然トラブルに襲われても、何とか駆け込める頻度でそのスタンドはある。
たいていおじさんが一人、靴修理と靴磨きセットを並べた棚の後で、
大量のぼろ靴に囲まれて作業している。
壊れたサンダルを持っていくと、針と糸、ボンド、時にはぼろ靴から適当な材料を切り出して、あっという間に見事に直してくれるのだ。

料金はだいたい100シリングから500シリングで、とても良心的な値段。
世間話などしながら、休憩がてらおじさんの手際を眺めているのが楽しい。

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ドドマの村にいたときには、そんなスタンドはなかったけれど、
友達が小麦粉やトウモロコシの粉が入っていたビニル製の麻袋をほどいて、
よって糸にして針金で縫ってくれた。
その人も慣れた手つきだったのは、みんなこうして靴を大事に履いているからだと思う。

修理してもらったサンダルで再び歩き出すと、
直してくれた人への感謝の気持ちと、サンダルへの愛着が湧いてきて、
何とも言えない嬉しい気持ちになれる。
タンザニアで履きなれた靴が壊れてしまったときは、
新しい靴を買う前に、修理をお願いしてみてはどうでしょうか。(C)

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ゴゴ語で挨拶!

タンザニアでは、約126の言語が話されています。
公用語はスワヒリ語ですが、村へ行くと専らその土地の言葉が使われています。

JT☆STARSが歌っている歌は、多くがゴゴ人の話す言葉、ゴゴ語です。
ゴゴの村へ行くとまず、挨拶の長さに驚きます。
半農半牧の生活を営むゴゴ人は、村ごとに家族のように支えあいながら暮らしているからか、お互いの安否をしっかりと確かめ合う、そんな挨拶を交わします。


ゴゴ語の挨拶、今回は朝バージョンをご紹介します。
(もちろんこの通りでないこともよくあるし、やりとりがさらに続く場合もあります。)

Mbukwenyi(ブクウェーニ)「おはよう!」
- Mbukwa(ブークワ)「おはよう!」

Wasinuka(ワスィヌカー)「目覚めはどうですか?」
- Wela(ウェーラー)「すっきり目覚めましたよ!」

Nongo(ノンゴ)「眠れましたか?」
- Swanu(スワーヌ)「よく眠れましたよ!」

Mawili(マウィリ)「体の調子はどうですか?」
- Maswanu(マスワーヌ)「いいですよ!」

例えばあなたが「Mbkwenyi!」と第一声を掛けたら、相手へ上記のような一連の挨拶を交わします。
最後の返事が返ってきたら、

「ヒーーーーーンッ」

と、鼻から抜いたような音を伸ばして、語尾をきゅっと上げて切ります。
それを合図に相手の人は

Wasinuka nanye?(ワスィヌカナーニェ)「あなたは目覚めはどうでしたか?」
と切り返し、あなたはどんどん返事をしていくことになります。
そして最後に、

「ヒーーーーーンッ」
「ンーーーーーンッ」

とお互いに満足気に鼻を鳴らして(?)挨拶が終わります。
これらの全てをリズミカルに、淡々と、それぞれの人に対して行っていくのです。
毎朝繰り返し交わされるので覚えるのは早いのですが、テンポよく掛け合うのには、練習を要します。

彼らにとってはもはや日常かもしれませんが、ひとときでも相手のことを思って声を掛け合う、素敵な習慣だなと、この挨拶を聞くと感じます。
次回は日中の挨拶をご紹介します!(C)

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CHIBITEのアンドレア

2/2 CHIBITEのアンドレアが亡くなったことを知りました。ドドマで亡くなったそうです。
まだ若く、いつも元気な笑顔で迎えてくれる彼が亡くなったことが信じられず、バガモヨに住むゼゼの先生、Ndahaniに連絡しました。先生は落ち着いた声で状況を教えてくれましたが、とてもざわざわした様子が電話から聞き取れました。
電話を終えてしばらくすると、アンドレアの思い出がいろいろ浮かんで、、とてもつらくなってきました。

以前バガモヨに滞在している時に、チャーレ(Chales Zawose)の子供がマラリアで亡くなり、ちょうどNdahani家でゼゼを習っていた私は、Ndahaniの奥さんに連れられてお葬式に行きました。
会場となった家では、家の中に女性だけが集まり、子供を亡くしたママを中心にたくさんの人が泣いていました。入口から人が入ってくるたびに、みんなあいさつを交わしては一緒に泣いていました。しばらくすると落ち着いて、誰ともなく讃美歌を歌いだすのですが、また違う人が入ってきて、涙の波が起こりました。悲しみを、一緒に泣くことで共有しているような、悲しいけれど、どこか心強い一体感がありました。その時間は、完全に、亡くなった子と、残された気の毒なママを悼むことに全員が向かっているようでした。悲しみを、歯を食いしばって耐えるのではなく、思い切り体現することで、心が置き去りにならなくてすむのかも知れません。

男の人たちは部屋の外でばらばらと座って話をしています。女の人と男の人の役割は全然違うようでした。

2/3 ドドマのブギリ村のゼゼの先生、パウロが友達の電話を借りて、電話をかけてきました。
今お葬式から帰ってきたよ、と一年ぶりに話す彼は自然にそのことを話しました。「Alikuwa rafiki yangu sana(すごくお世話になった人だったよ)」パウロも口が重く、つらそうでした。

また、素晴らしい才能を持った人がいなくなってしまいました。これからの活躍がとても期待される人だったので、とてもつらいです。

Andrea Simon Kalima ご冥福をお祈りします。(Y)

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2010年の始まり

Habari za mwaka mpya? 新しい年の始まりいかがお過ごしですか?
昨年の大みそかはちょうど満月で特別な感じでした。ダルエスサラームの街中を歩いていると、黄色くて大きな物が建物の隙間に見え隠れしていて、ちょっと非現実的な景色でした。でも町の人たちはそんな大きな月も見慣れているのか、誰も立ち止まったり、騒いだりしていません。

そんな大みそかにちょっとした出来事が・・・
バーでご飯を食べていると、テレビのニュースが始まり、Rashid Kawawaという政府の偉い人が12/31に亡くなったとの知らせがありました。タンザニアの発展に貢献した彼の人生が紹介され、最後には彼の死を悼むために大みそかは花火などの大騒ぎを自粛するようにとの説明がありました。

しばらく同じようなニュースが流れていましたが、急に画面が乱れ映像が停止してしまいました。
接続が悪いのかな・・・と思っていると、お店の主人が急に大声で騒ぎだし2人の若者を追い出しています。
事情を聞くと、血気盛んな若者たちが大騒ぎしようと楽しみにしていた大みそかに自粛命令がでて、がっかりした二人は、音楽番組のチャンネルに変えてしまおうと考え、いじっているうちにコードが外れてしまったとのこと。
何だか平和な光景でした。

たくさんの警察が見回りに出ていたので、本当に静かな夜でした。ちょっと残念・・・

元旦の朝はさわやかな風と共に訪れました。いつも以上にのんびりとした雰囲気の街を歩いていると、「Habari za mwaka mpya? 」という挨拶が聞こえてきます。昼間はかなり暑い時期ですが、時折まとまった雨が降るので、そんな時は気持ちのいい風が吹いてきます。
世界では、いろんな人が、いろんな環境で新しい年を迎えているのですね。
今年も皆様にとって素晴らしい年でありますように!!

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雨季

タンザニアは、雨季と乾季があって、乾季には雨はほとんど降らない。雨季に入ると、毎日ずっと雨というわけではないが、しとしと降り続ける日や、どかっと雷雨が降る日などが断続的に続く。

雨が降ると、農業をしている人たちは大事な畑の作物の世話に忙しくなる。雨が降った次の日には、早朝から畑へ行って仕事をする。作物は雨ごとに成長し、豊かな実りをもたらす。それに雨は生活のための貴重な水源でもある。土の味がする地面から汲んだ水より、集めた透明な雨水は飲み水として最高においしいし、遠くまで水汲みに行かなくても、軒先で集めることができるから素晴らしい。
一方、雨季ならではの災害も多い。一晩の雨で作物が軒並みなぎ倒されたりすることもある。旅行者にとって一番大変なのは、道路事情だ。ドドマの村では、土の道路が巨大な水たまりだらけになって、車がスタッグして頻繁に立ち往生する。

一見整備されているように見える都市部でも、状況は同じだ。ザンジバル島のストーンタウンの中は建物と建物の間を迷路のように細い道が通っているから、雨水が道に集まり、川のようになる。水が引くまでじっと待つか、膝まで浸かって歩くしかない。

ダルエスサラームの大きな道路も、場所によっては一面水浸しになる。
ある日、こんなことがあった。
街中の出入国管理所(イミグレーション)へ行ったのだが、手続きをしているうちに雨が降り、外へ出たころには正面の道路が幅10mくらいの川になってしまっていた。両岸は人だかりで、多くの人は仕事用のスーツやきれいな服を着ているから渡ることができないでいる。ちょうど昼食時で、私は早く向こう岸にある食堂へ行きたかったのだが、水は道路のゴミや排水と混ざっていて汚いだろうし、誰も渡ろうとする人はいないのでしばらく動向を見守ることにした。

突然、露天の若者がソーダのケースを運ぶカートを持って水の中に入り、「渡し屋」を始めだした。若者は明るく「これに乗って渡れば濡れずに済むよ。誰が乗る?」と言うのである。スーツ姿の女性などが数人、渡してもらっていたが、その姿があまりに滑稽で注目を浴びたのであまり流行らなかった。ただ、おかげでそれまで困った表情だった人々の気持ちが緩んだのか、1人、また1人と靴を脱いで道を渡りだす人が出てきた。私も便乗して裾をまくっていると、「そうだ。お前はそうすればいい」とスーツのおじさんに後押しされ、サンダルを脱いで道を渡った。

結局、歩いて30秒もかからない道のりに30分以上もかけてしまったが、不便だからこそ生まれた、思いがけないドラマは、雨季の思い出のひとつとなった。
雨季の旅行は不自由することも多いが、雨のありがたみや、雨の力を身をもって体験したり、人との絆が深まったりすることもあるかもしれない。(C)

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5月のある日のダルエスサラーム。道路が一面水浸し!!

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タンザニア流 高さを示すジェスチャー

みなさんは人の身長を「このくらい!」と示すとき、どのようにジェスチャーしますか?
おそらく大半の人は手のひらを下向き、地面と水平にして示すのではないかと思います。

ところがあるタンザニアの人に、こう言われました。
「人間をそんなふうに示すんじゃない。それは荷物を示すジェスチャーだ」

そう、タンザニアではこのジェスチャーは荷物のかさの高さを示すときのもので、人間の高さを示すのには使わないのだそうです。では、人間の高さはどのように示すんでしょうか?

正解は、手のひらを前向き、地面に垂直に立てるとのこと。やってみると、小さな子どもを示すときは、結構手首が痛いです。

荷物のときの手から、小指側を下に、親指側を上にくるっと動かすと、今度は家畜の大きさを示すジェスチャーになるといいます。ちょうど家畜の鼻のところに手を当てた感じなのでしょうか。

タンザニアで人の高さを示すときは、気をつけないとその人を「荷物扱い」していると受け取られかねないのでご注意を!(C)

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結婚式 ザンジバル編 3

8日目(土曜日)、披露宴。
この日も朝から招待客用の軽食を作るのに女性たちは大忙し。サンブサ、カトレシ、ケーキなど、流れ作業で大量の食べ物を作る。作り終わると今度は披露宴に向けてのおめかしが始まる。若い人たちは集まって服やメイク道具、香水などを貸し借りし、口論になるほど真剣に準備をしていた。おしゃれに気を抜かない彼女たちの姿勢は、見ていて頭が下がるほどだ。

披露宴はブワワニ・ホテルという大きなホテルの広間でおこなわれた。飾られたステージとたくさんのテーブルがあり、その上にはザンジバルでは珍しいフルーツ(リンゴやブドウなど)が盛られている。この日はステージの横にマイクや椅子がセッティングされており、そこでターラブの生演奏が始まった。招待客はもちろん立ち上がってステージ前に集まり、踊る。指先で紙幣を縦にはさみ、頭上でゆらゆら動かしながら踊る。気に入った歌の時にはその紙幣を歌手におひねりとして差し出すのだ。これは生演奏の醍醐味かもしれない。

ターラブが数曲演奏され盛り上がったところで、新郎新婦の入場だ。かわいいドレスを着てリングピローを持った女の子2人に先導され、新婦は白いウエディングドレス、新郎は黒のスーツで入場してきた。ステージに上がり、記念撮影、指輪交換。そして新婦の誕生日祝いも兼ねてケーキカット。日本ならこの日だけでも十分立派な結婚式だと思えるような演出だ。さらにターラブが数曲演奏され、20時に始まった披露宴は片付け終了が夜中の2時と長時間に及んで終了した。

9日目(日曜日)は特に何もなく過ぎた。

10日目(月曜日)、チャイ。
新婦の介添人だった親戚の家で「チャイ」と呼ばれるホームパーティーが開かれる。昼から集まって料理の準備や、会場作りをする。会場となる庭にはテーブルと椅子がセッティングされ、新郎新婦の席には背後にきれいな布を張って飾りつけがされた。暗くなってから始まったチャイは、新郎新婦と、新婦の親族中心の小さなパーティーで、大きな行事を乗り越えた新郎新婦の2人は、この日やっと自然な笑顔が見られた。スピーカーから爆音で音楽を鳴らし、家族みんなで踊る。アットホームで暖かい雰囲気のパーティーだった。

10日にわたる結婚式はこうして終わったのだが、それから3日後、新婦の家でちいさなお祝いがあった。この家はコモロ系の一家のため、この日新婦はコモロの衣装を着ていた。米とココナツが入れられたザルの上を、新婦がゲタのようなものを履いて2度3度またぐと、誰かがそのココナツを「パーン!」と地面に叩きつけて割って、おしまい。どんな意味があるのかまったくわからないが、衝撃的だった。

その翌日、新婦は新郎の家に引っ越していった。これまでの楽しい、おめでたい雰囲気とは打って変わって、友人が集まり、泣いて別れを惜しんでいた。2度と会えないわけではないけれども、すぐ身近にいなくなる寂しさからだろう。結婚式の後半頃からポツリポツリと聞かれた「寂しくなるわ」という言葉。そう思うからこそ、結婚式は新婦側でできるかぎり盛大に祝い、楽しい記憶として残すのかもしれない。(C)

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